蘭亭序(王羲之)

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蘭亭叙は、王羲之の法帖のなかで最も有名で、書を学ぶ人の必修帖です。
王羲之『蘭亭序』は、東晋(とうしん)の永和(えいわ)九年(353)に書かれました。のちに真蹟は唐の太宗が秘蔵するところとなりましたが、太宗の遺言により、太宗の墓である昭陵に太宗とともに埋められました。
以来、本物の『蘭亭序』は見ることができなくなり、臨本(りんぽん)・摸写本によって伝えられています。

王羲之が書聖と仰がれ、蘭亭叙が古今一の名品であると評価されたのは、王羲之の没後三百年以上経ってからです。

唐の太宗皇帝が王羲之の書を愛好し、太宗皇帝が在世中、蘭亭叙の複製を多くの臣下達に作らせ、後の書の手本として普及させました。

蘭亭叙がすぐれているのは、「卒意の書」であるからです。

卒意の書とは、人に見せるという意識がなく、心の感ずるまま自由に書かれたものを言います。

 模写本では下記の三点が有名です

蘭亭八柱第一本 虞世南の臨書と伝えられるもの。
蘭亭叙の終わりに「臣張金界奴上進」と書いてあることから「張金界奴本」とも称されている。

、双鉤填墨によって写されたもの。
いずれにしても、王羲之の手法を最も忠実に表していると評価の高い本である。
『月刊競書雑誌『不二』9月号に紹介されているのは「張金界奴本」です。
 



蘭亭八柱第二本
 


楮遂良模蘭亭叙と伝えられるもの。  
蘭亭八柱第三本 馮承素(ふうしょうそ)の臨摸といわれる。
始めに「唐模蘭亭」の文字があり、その左横に「神龍」の半印があることから、

神龍半印本」と呼ばれている。字画が鮮明であるので、初学者には学びやすい。
高校の教科書などで紹介されることが多い。

<皆さんが購入した教科書に写真版あり>
 

八柱第一本と言われる理由それは、「張金界奴本」が「八柱亭」という八角形の形をした建物に置かれている。八柱亭は柱が八本有り、
その後に石碑が八つ並んで建てられているに1本目の柱の後ろの石碑が「張金界奴本」です。第二本、第三本と置かれているそうです。