書の学習は臨書中心がよい      
 
書道教室トップページ   用具の説明  中林梧竹『梧竹堂書話』  「自言帖」 張旭  「雁塔聖教序」褚遂良  2011.1.27 中本白洲作成
 

臨書とは

日本や中国の名蹟をお手本に模写して、字形や線を学習することを言います。

 書道作品を書くためには、字形や空間のバランス、線質やリズム、墨量の表現などが大切ですが、この表現を臨書によって身につけていきます。
 臨書とは、書道における基礎中の基礎なのです。

 書家が発表している作品は、どの書家も臨書によって培ったものです。臨書無しに創作は出来ないと思ってください。
 学習してきた古典(法書)の種類によって、書法のベースとなりその作家の作風に傾向が出ます。
 そのため臨書学習は非常に重要です。『梧竹堂書話』では臨書の方法を解りやすく述べています

 これから書道を学ぼうと考えている皆さんにアドバイスします。書は3千年の歴史の中、先人達が規範となる古典(法書)を残してくれました。
 この法書軽んじて教室の先生のお手本で学ぶ方法はその先生の作風に陥りる危険があり、いかがなものでしょうか!

 あなたにの技量に合った法書を推奨して指導いただける先生がお勧めです。
新しく白洲会に入門され学習を検討されている皆さんへ

当教室では学習効果を高めるために、日本書道教育学会の月刊誌『不二』を使い学習を進めます。
毎月臨書課題を練習して1回/月、締め切り日迄に清書を作り学会に提出していきます。
結果が『不二誌』に発表され力に応じて、級や段の取得が出来る仕組みです。
昇級を願う気持ちが練習への意欲を湧きたて、よい意味で仲間に負けたくない競争心があなたを上達させます。

一度学習をと筆を持ちましたら初心を大切に、あなたの生涯学習のテーマとして、工夫して時間を作り学習を継続してください。
3ヶ月くらい継続しますと書の楽しさもわかり、更に楽しく学習が出来る様になります。
月刊雑誌『不二』が手元に届くのが楽しみになればしめたものす。後は継続があなたを上達させます。

当教室では、古典の解釈、技法の解説、参考手本を揮毫して学習効果を高めるサポートをします。
楽しく学びながら学習が出来る教室です。
又書の学習には継続が必要です。
そのため経済的負担も考慮してご縁のある方には継続学習できる環境にしています。
 
  中林梧竹『梧竹堂書話』
 
 中林梧竹は、日下部鳴鶴、巌谷一六と並ぶ近代日本書家の一人で、書聖といわれています。
書を山内香雪、市川米庵らに学び、2度に渡って中国に行き、六朝書体や墨絵の技法を学び
独自の書風を築きあげています。 
  凡(およ)そ書に法なきものは、固(もと)より論ずるに足らざるなり。法ありて法に囿(とら)わるるのも
未だ可ならざるなり。有法よりして無法に帰し、法なくして法あるは、いわゆる神にして化するもの、これを上と為(な)す。」
と言っています。これは、書法は大切だがそれにとらわれてはいけない。作意や書法の目立つうちはまだ本物ではない、
との論旨であり、この境地は書の理想であります。又同時に法すなわち臨書学習の重要性も説いています。
 

法書とは


 古人の書き残した名蹟中で後人の規範として学ばれる書を法書と言います。
書には鑑賞の対象として高い評価の書も、お手本によい書とは限りません。鑑賞向きの書は卒意の書が多く、
卒意書や偶然性の書は新鮮で面白いが習う書としては適さない。
『梧竹堂書話』に張旭(ちょうきょく)と懐素(かいそ)の狂草作品を観るべくして学ぶべからずなりと言っている。
日下部鳴鶴と対立した不折や碧梧堂も又しかりです。
鳴鶴の様に一世を風靡(ふうび)し今日まで相続されている理由はそれが法書であるからです。
 
 85歳の時の、王羲之「朱処仁帖」の臨書です。
空間の間の取り方といえすばらしいですね!
梧竹のすごさを感じます。


 
「自言帖」 張旭 

  
「自叙帖」 懐素 

「 大久保公神道碑」日下部鳴鶴 

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 廻腕法を駆使する鳴鶴(大正8年)

 「雁塔聖教序」褚遂良(初唐の三大家)
皆さんが楷書のお手本としてよく臨書する古典
です。 
雁塔聖教序