月刊競書雑誌『不二』8月号 課題と参考手本
   
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日下部鳴鶴くさかべ めいかく 10〜6級課題 
 津田永忠4月の説明 大久保公神道碑はこうして出来た    大久保公神道碑と鳴鶴の紹介 
 用筆法で大切なこと

@ 横せんとすれば先ず縦せよ。縦せんとすれば先ず横せよ。の会得
A 体全体で運筆の会得
B 意前筆後の会得


石橋鯉城先生の廻腕法の実演。YouTubuでご覧ください。


日下部鳴鶴 津田永忠
 

この地に(移封し)天下始めて(干戈を)まぬがる
縦画の線の行方の変化
 
 横画の打ち込み
右払いの三折法の注意



中本白洲臨
日下部鳴鶴を中本白洲臨
  会員全員の皆様に白洲臨書の手本をお渡ししています。
     鄭文公下碑(ていぶんこうかひ)鄭道昭(ていどうしょう)1〜5級課題
北魏の書の特徴である、円筆・方筆 についての解説はこちら

≪書き方のポイント≫
・円筆の表現
・粘りのある線
・充実した線
・ゆったり大らかに

起筆蔵峰ぽく中法で書かく
燕の口・・・転折は一度筆を立て直し、く肩を落とし鋭折り曲げる。

王の最終画・・・収筆部は隷書の 波磔(はたく) のように右上方に突き止める。 

 

読み
燕宣王廟(えんせんおうのびょう)
中本白洲臨
鄭道昭を中本白洲臨
 会員全員の皆様に白洲臨書の手本をお渡ししています。


方筆の書
点画、転折を角張らせ、強く鋭い印象を与える筆法のこと。また、その筆法によって書かれた書をいう。
横画では筆の鋒先は線の上端を、縦画では筆の鋒先は左端を通る。
転折では筆に力を加えてかっちりと押さえる。
こうした筆法により、筆の表裏が点画にはっきりと表れ、鋭く力強い、厳しい筆致が生まれる。
北魏時代の龍門造像記などはその代表的なものである。


 けつ 造像記(ぎゅうけつぞうぞうき)

自の転折を参照


鄭道昭の書法

 

広瀬裕之(舟雲)武蔵野女子大学助教授から一部引用

鄭道昭の書は、清時代の阮元が「山左金石志」という本に紹介してから急に有名になります。
そして包世臣
(一七七五―一八五五)が「篆勢・分韻・草情畢く其の中に具わる」と激賞してから碑学派の中心的存在となりました。
篆書の筆づかい、隷書の風韻、草書のような情趣すべてが鄭道昭の楷書の中に含まれているということです。

 楷書が完成され、極致の美をみせるのは唐の時代です。鄭道昭が鄭羲下碑を書いた五一一年には孔子廟堂碑(六二九頃)や九成宮醴泉銘(六三二)のような整った完成された美をみせる楷書は、この世にまだ存在しません。
鄭道昭の楷書は、隷書の時代から楷書主流の時代へ移る幕明けの頃の書といえましょう。のびやかでゆったりとし、温かみのある線質は、見る人を魅了させます。
多くは篆書のように、蔵峰で書かれた起筆ですが、時には露鋒のところもあります。筆法は篆書のように筆先が線の真中を通った中鋒であり、そのせいか
線がとても深く重量感がただよっています
唐代の楷書と比べてみると何よりも拘束されないのびのびとした自由さがあります。

 同時代の張猛龍碑(五二二)高貞碑(五二三)などの直線的な鋭い方筆に対し、鄭道昭の書は一般的に曲線的であることから円筆の代表といわれています。しかし、鄭道昭の書は方筆の要素も多分に秘めています。論経書詩や東堪石室銘は、円筆と方筆をうまく織り交ぜた鄭道昭の傑作中の傑作だと思います。

 明治時代、楊守敬は多くの碑法帖とともにこの鄭道昭の拓本も持って、日本へやってきました。その時いち早く注目したのが日下部鳴鶴や巌谷一六たちです。印刷技術の未熟な当時、楊守敬と鳴鶴は雲峯山全搨を全部丁寧にカゴ字をとり木版で摺り十冊を世に広めました。

 『鄭義下碑』は、碑とよばれることから石碑(立碑)と思いがちですが、岩壁に刻されたもので、自然の岩壁に
凹凸をなくして文字を刻したものです。こうしたものを摩崖(まがい)または摩崖碑(まがいひ)と言います。



隷書体の代表 張遷碑ちょうせんひの紹介

隷書体(れいしょたい)は、漢代の前後から、
篆書に変わり隷書が、正書体として一般に広く通用するようになってきた。
隷書の「隷」とは下級役人の意とされる。王やその一族などに限って扱われてきた書が、
下層に行き渡ってきたのであろう。当然ながら、篆書から隷書へ一気に移った訳ではない。
戦国時代から、既に、木簡や竹簡などに日常的に用いた筆写体に隷書風な筆致が見られる
  【書の歴史から引用】






左右の払いで波打つような運筆(波磔)をもち、一字一字が横長であるのが主な特徴。


漢代の碑の中でも、張遷碑は極めて素朴な味わいです。文字は基本的に扁平か方形です。
他の碑に比べると方形であるといえるでしょう。一文字の中で、上部が大きくどっしりとして
安定した印象を うけます。
日本の日下部鳴鶴は明治時代この碑を学んで、一世を風靡しました。

和漢朗詠集 (1〜5級課題)

立派なかな作品はなぜ中心が右下に流れるのです?
不明な人は教室で質問ください。

偽りのなき世なりせばいかばかりか
人の言(こと)の葉(は)嬉(うれし)いからまし




中本白洲臨 
和漢朗詠集を中本白洲臨書
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参考 拡大
墨継、筆脈を大切に臨書ください


高野切古今和歌集 第三種 より臨書 10〜6級課題


中本白洲臨 
 
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 孟子(梁惠王章句上)より参照引用

十一

齊人伐燕取之、諸侯將謀救燕、宣王曰、諸侯多謀伐寡人者、何以待之、孟子對曰、臣聞七十里爲政於天下者、湯是也、未聞以千里畏人者也、・・・・・
斉が燕を征伐して、併合した。そのため諸侯は外交して救燕同盟結成に動き始めた。斉の宣王は言った
斉宣王「今、多くの諸侯が小生を討とうと謀っています。どうすればこれを阻止することができるでしょうか。」
孟子「それがしは、たった七十里(約28km)四方の領土から始めて天下の王となった者のことを聞いています。
殷の開祖、湯王がそれです。だが千里(約400km)四方も領土がありながら敵を恐れている者など、聞いたことがございませんぞ。



ペン字教室  7月課題
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