毎日書道展見学研修の実施   
 OP      毎日展作品
  
 今回は特別展示”宇野雪村”を中心に見学してきました。 下図唐詩は1987年75歳の作です。伸びやかで若々しく、いかにも気持ち良く揮毫され
心に余裕が感じられますね!
雪村は1940年代新しい作風を求め前衛作品に傾注し抽象化したすばらしい作品を世に発表しながら、こんな正攻法の作品が書けるのですね!。
古典をしっかり学ばれ、作風も古典を踏まえた正統派の作風もこなし、偉大な作家であることがわかりますね! ちょっと桑鳩の師である”比田井天来”の
作風を彷彿させます。

唐誌  王維  拡大はこちら

空山不見人 但聞人語響  空山 人見えず  但だに聞く人語の響くを
返影入深林 復照青苔上  返影 深林に入り 復た照らす青苔の上を












部分拡大 1




潤筆、渇筆の線の開き、空間の響き、文字の間すばらしいですね!








部分拡大 2








作品2


1991年 80歳
 
HO (歩)


度肝をぬいた大胆な余白、勇気のいる構図すね!
他の作品も非凡なものばかり、毎日展の会場が
宇野雪村の特設で”ひきしまりました”ね!

2011 宇野雪村から引用しました

毎日書道展 63回  作品から


永守蒼穹 (文部科学大臣賞)


”宜後黒塊”デフォルメのすばらしさと4文字作品で会場の眼をひきつけましたね!

又細字の表現でうまさを見せつけていますね!
添え書きの細字は粗密、渇筆の見事さ、渇筆の線の開きがいいですね!
”宜後黒塊”との間の響きもいいですね!
大胆な筆法の中に『動と静』もありこれは見事ですね!。





山元昭子  会員賞
 

長鋒を利用した しなやかな線質、見事なデフォルメ、墨色、空間の間、文字の懐の間がよい作品ですね!
見事です!



今回は約60分の短時間で皆様に特別展示”宇野雪村”と毎日展の審査員クラスの作品の一部
下記配布資料を使い、拙い解説を踏まえ一緒に鑑賞してきました。次回読売書展でも企画を考えています。
                             ( 7/31 中本 )

 

  宇 野 雪 村        毎日展見学のため作成 中本  23.7.30 

宇野雪村は、明治45年(1912)浜坂町二日市に生まれ、

昭和2年1927)御影師範学校に入学し、その後書の道に専念して「雪村」と号した。

昭和7年1932)御影師範学校卒業後、神戸で上田桑鳩に出会い師事し、

昭和151940)東京に出て上田桑鳩らと共に「奎星会」を結成して、新しい書を次々と発表した。

昭和241949)には日展に入選(特選)し、

昭和291954)には日展審査員となった。しかし、

昭和311956)日展を脱退して以降、雪村の前衛書への挑戦は本格的となり、自由かつ大胆で個性的な創造性を目立たせた。

毎年開催されている「奎星展」「毎日書道展」「玄美展」などに次々と作品を発表しながら「文字という約束の上に約束を越えた美が生まれる」という前衛書の理念を樹立した。

昭和581983)古希を記念して、東京三越で「宇野雪村書業展」、同年夏には中国北京において「日本宇野雪村法展」を開催し、昭和59年(1984)にはその功績により「毎日芸術賞」を受賞した。
平成7年199583歳で亡くなったが、宇野雪村の現代書の創造を実現した功績は極めて大きい

 犀水先生の教えを要約   

展覧会芸術は一つのショウ化してきた。広い会場で人目を引くため、少数の大文字を書く様になり、奇抜な構成、極端なデフォルメを事とする様になり、そのため文字性は破壊され、筆は痛めつけられ、法書(手本とする書)が影を潜めてしまった。学書は他人のためでなく己のためにするものでなければならない。書は元来実用の書芸術で文字性を無視しては成り立ち得ない。書は心画として人間形成に大きな役割を演じて来た。しかし今日の書道ほど鍛錬をいとい、過程を軽んじて結果を求め、偶然と感覚的効果を追って文字性を破壊されているのは展覧会芸術の台頭によるものかもしれない。我々は書道本来の学習にもとり真剣に正しい文字の習得からスタートして各体(楷書・行書・草書)の修練を積みたいものです

 作品鑑賞のポイント

  1.    墨の色、にじみ、かすれ
2.    線質(強弱・リズム・重さ・軽さ・伸びやかさ・・・)
3. 構図 間(余白の取り方、文字の懐)などを観察下さい。